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横浜地方裁判所 平成4年(ワ)187号 判決

原告 甲野花子

右訴訟代理人弁護士 角田由紀子

被告 乙川太郎

右訴訟代理人弁護士 渡辺利之

主文

一  被告は、原告に対し、金三〇〇万円及び内金二五〇万円に対する昭和六三年八月一六日から、内金五〇万円に対する平成四年一月三〇日から、それぞれ支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用はこれを二分し、その一を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。

三  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し金六〇〇万円及び内金五〇〇万円に対する昭和六三年八月一六日から、内金一〇〇万円に対する平成四年一月三〇日から、それぞれ支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

(一) 原告は、昭和六三年八月当時、一六歳で通信制高校に在学中の生徒であった。

(二) 被告は、昭和六三年八月当時、二八歳で原告と同じ通信制高校に在学中の生徒であった。

2  被告の原告に対する加害行為

(一) 昭和六三年八月一六日午後四時又は五時ころ、原告は友人のE、T及び被告の四人で伊勢原市内の店で食事をして、同八時半ころ店を出て、四人は被告の運転する同人の車に乗って帰宅することとなり、被告は先にE、Tをそれぞれ自宅近くで降ろし、車は平塚市小鍋島一〇九八番地の一所在の「城」という名前のホテルに着いた。被告に「ちょっとここに用事があるから。ここをのぞいたら帰るから。」と言われ、原告も一緒にその建物に入り、被告に従って玄関から部屋に行き、ドアをあけたところ、被告に腕を引っ張られ室内へ連れ込まれた。

被告は原告を部屋に連れ込むといきなりベットにつき倒し、原告が「やめて。」と大声で悲鳴をあげたところ、被告は一瞬力をゆるめたがすぐにつき倒した原告の上に身体を乗せた。原告が「私は結婚するのだと決めた人とでも結婚するまではセックスはできない。まして、乙川さんとこんな型ではできない。いやだ。」と告げたが、被告は、「おれはできる。やめてというのは女の心理でやってということだ。」と言って、仰向けに倒した原告の両脚をもちあげ、両脚で原告の頭をはさんで肩に押しつける海老固めのような姿勢にし、片ひじで原告の両脚を押さえ込んで身動きできないようにしたので、原告は必死になって被告を押しのけようとしてもがき背中を叩いたりしたが、被告を押しのけることは到底不可能で、被告は、悲鳴をあげることでしか抵抗できない原告の口も押さえつけて声も出せないようにした。原告はこのような姿勢で抑えこまれて、抵抗する余地すら完全にない状態にされた。

被告はこのような姿勢にした原告の下半身の着衣を容易にはぎとり、姦淫し、姦淫行為が終わると一人で寝てしまった。

原告は性器の部分に激しい痛みをおぼえ、その痛みは両足にまで広がり歩くこともできなかった。部屋の中は暗く、原告は這ってトイレに行き、トイレの明かりではじめて出血していることを知った。

原告は自分の身に起きたことに茫然となり、ソファの傍にうずくまっていた。

(二) 翌一七日午前三時ころか、被告が目を覚ましたので、原告が途方に暮れて「痛くてしょうがない、出血もひどい、どうしたらいいのだろう。」と訴えたところ、被告は「自分のことは自分で考えろ。」と言って、再度原告に襲いかかり、原告は被告を押し返そうとし、「やめて。」と叫んだが、被告は無言で原告をさらに姦淫した。

被告は姦淫が終わると、自分だけでさっさと風呂に入り、風呂から出てくると「帰るぞ。」と命令したが、原告は起き上がれなかった。部屋が明るくなってから、原告はシーツの上に直径一〇センチ以上の血痕が二ヵ所付着しているのを見た。

(三) 被告は、帰り際に「俺は朝帰りはできない。外泊すると親に勘当されるから。」と言って、車でホテルを出て、原告を午前四時ころ平塚駅に降ろして帰ってしまった。原告は何をすることも考えることもできず、駅前の電話ボックス内に二時間くらい坐っていた。午前八時二〇分ころ自宅に帰ったが、母親に外泊の理由を告げることもできず、再び家を出てしまった。しかし、行く宛もなく、何をしてよいのかも分からないまま、「最悪のときになったら連絡してこい。」と被告が言っていたのを思い出し、午前一〇時ころ被告宅へ電話したところ、夕方五時ごろ辻堂駅で会うということになり、原告は友人のN宅へ行き、休ませてもらった。

原告は、夕方被告に会った。夜になり、原告は泊まるところを探したが、あてもないままに時間が過ぎていった。被告が探した秦野市の宿に原告が泊まることになり、被告は自分は車の中で寝るというので、原告はその言葉を信じて原告一人で部屋に入り寝についた。ところが、原告が少しうとうとしていると、何か身体が重たいと感じて目をあけると、再び被告が姦淫行為に及んできた、原告は抵抗したけれども、被告の力にかなわず再び姦淫された。

3  原告の受けた損害

原告は、被告の三回にわたる姦淫行為により、心身に筆舌に尽くしがたい苦痛を味わい、その後自暴自棄になって、自殺を試みたり、家出をしたり、いわゆる非行少女の格好をしてみたりするなどして、八月一七日以後の原告の行動はそれ以前の原告とはおよそ似ても似つかぬものであった。

4  原告の受けた損害額

(一) 被告の本件各行為は、原告の女性としての基本的人権である性的自己決定権・性的自由を踏みにじり、原告の人格的尊厳を侵害したものであって、原告の受けた精神的苦痛は甚大であり、これを慰藉すべき金額は、金五〇〇万円を下らない。

(二) 原告は平成三年八月より原告代理人に依頼して、被告に対し謝罪と慰藉料の支払いを求めたが、被告はこの要求を無視している。そこで原告は、原告代理人に委任して本訴を提起せざるをえなくなった。原告代理人所属の東京弁護士会報酬会規によると、金五〇〇万円の請求についての弁護士報酬の標準額は金一〇〇万円であり、原告は同代理人に対してこの金額を支払うことを約した。

5  よって、原告は被告に対し、民法七〇九条の不法行為による損害賠償請求権に基づき、金六〇〇万円及び内金五〇〇万円については不法行為の日である昭和六三年八月一六日から、内金一〇〇万円については訴状送達の日の翌日である平成四年一月三〇日から、それぞれ支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2(一)の事実のうち、原告・被告ら四名が食事をしたこと、被告が原告らを送るということで被告の車で出発したこと、E、Tを送り、次いで原告を自宅まで送り届けようとしたこと、被告が原告とホテルに入ったこと、原告と被告が性交渉をもったことは認め、その余の事実は否認する。

3  同2(二)、(三)同3の各事実は否認する。

三  被告の主張

1  原告と被告は学校が同じであったことから、以前から顔見知りであって、昭和六三年以前においても被告は原告を自宅まで幾度か送り届けたことがあった。

2  原告は、以前から被告に対し好意を持ち、被告の誕生祝等としてアドレス帳・筆箱をプレゼントしていた。

3  昭和六三年八月一六日は、被告が伊勢原市に住むE、Tを送ったあと、原告を送ろうと車を走らせたが、車内で原告は家に帰りたくないと言いだした。被告は自分の家には親がいるので家に泊めるわけには行かない、旅館、ホテルになってしまうがよいかと原告に尋ねたところ、原告は下を向いて沈黙しており、拒否の態度はうかがえなかったので、原告をホテル「城」に案内した。その際の車内の雰囲気は、原告、被告双方とも、セックスを期待する雰囲気となっていた。

ホテル「城」の客室は一戸建てであり、駐車場が隣接していた。ホテルの敷地内に入ればそこがどのような場所かは一目瞭然であったが、車を下り、部屋の扉を開ける際も、原告は素直に被告についてきた。部屋に入るとすぐにホテルの者がノックして料金の徴収に来た。原告は大声を出すなどの態度はとらなかった。ホテルにおいて、双方浴衣に着替えてから性交渉をもったのであり、被告は強制していないし、原告が出血した事実もない。

4  同年八月一八日、原告は被告に対し「会いたい。」と言う電話をし、被告が原告に会ったところ、再度原告が家へ帰りたくないと言ったため、この日原告は被告と秦野市の「もみ」というホテルに一緒に泊まり、性交渉をもった。

5  原告と被告の右各性交渉は、双方合意の下に行われたものであるから不法行為とはならない。

四  被告の主張に対する認否

被告の主1の事実は認める。同2の事実は否認する。同3の事実のうち、車内で原告が家に帰りたくないと言いだしたから、原告をホテルに案内したまでの事実、車内の雰囲気が原告、被告双方とも、セックスを期待する雰囲気となっていたとの事実、車を下り原告が被告に素直についてきたとの事実、部屋に入るとすぐに、ホテルの者が部屋の扉をノックして料金の徴収に来たとの事実、ホテル内で双方浴衣に着替えたとの事実については否認し、「城」の客室が一戸建てであり、駐車場が隣接していたとの事実は知らない。その余の事実は認める。同4、5の事実は否認する。

第三証拠〈省略〉

理由

一  〈書証番号略〉、原告本人尋問の結果、被告本人尋問の結果(後記信用できない部分は除く)、弁論の全趣旨及び前記争いのない事実を総合すると、以下の事実が認められる。

1  原告と被告は同じ通信制の神奈川県立湘南高校に通う同級生で、同校には週二回程度通学していた。原・被告は昭和六三年二月に知り合い、同年八月一六日当時原告は一六歳、被告は二八歳であり、それ以前に被告は原告を友人とともに車で原告宅まで送っていったことが数回あったが、それ以上特段親しい間柄ではなかった。

2  昭和六三年八月一六日は、原告は同級生とともに学校に集まって箱根の大文字焼きを見に行く約束をしていたが、あいにく雨が降り、大文字焼きが中止となったため、偶然居合わせたE、T、被告らと伊勢原市の飲食店で食事をしてから帰ることになり、午後四時か五時ころから飲食し、被告はビールなどを飲んだ。途中五時三〇分ごろ原告は、自宅に「友達と食事をして帰ります。夕食はいりません。明日はバーベキューの準備に学校へ行かなければならないし、早く帰るから。」という旨の電話をした。

3  その後、午後八時一五分ごろ原告は再度自宅に「九時までには帰れないかもしれないけどごめんね。少しだけ遅れるかもしれないけど、今から帰るから。」との電話をし、母親から「早く気をつけて帰りなさい。」と言われた。

4  食事がすみ、雨の中を帰ることになり、被告の運転する同人の車に乗って全員で帰宅することになって、出発し、途中被告は、伊勢原市内に住むEとTを次々に同人らの自宅付近で降ろして、原告を国府津の自宅まで送り届けることになった。原告は、午後九時までには家に帰りたかったので、「九時までには着くかな。」などど言っていた。

ところが、二〇分から三〇分経過したところ被告は車を「城」というホテルに着けたが、原告はこれまで、いわゆるラブホテルに入ったことはなかったので、そこがホテルとは気づかないでいたところ、被告から「ここに用事があるから。ここをのぞいたら帰るから。」と言われたので、これを信じた原告は、一緒にその建物に入り、被告にしたがって玄関から部屋に行き、ドアを開けると、原告は被告に腕をひっぱられ室内に連れ込まれた。

5  そして、被告は原告をいきなりベッドに突き倒し、原告が「やめて。」と大声で悲鳴をあげたが、原告の上に身体をのせ、仰向けに倒した原告の両脚をもちあげ、両脚で原告の頭をはさんで肩に押しつけ海老固めのような姿勢にし、片ひじで原告の両脚を押さえ込んで身動きできないようにした。被告は、原告の口も押さえつけ声も出せないようにして、原告の下半身の着衣をはぎ取り、性行為をした。原告は性行為はこれが初めてであった。

6  行為が終わると被告は一人で寝てしまったが、原告は性器の部分に激しい痛みを感じ、その痛みで歩くこともできず、当日はどしゃぶ降りの雨で、原告は、そのホテルの所在もわからず、ショックでどうしていいかわからなかったので、そのままソファの傍らにうずくまっていた。

7  翌一七日未明に被告が目を覚ましたので、原告が「出血がすごいので、どうしたらよいだろう。」と聞いたところ、被告は「自分のことは自分で考えろ。」と言い、ベッドから起きて、被告に襲いかかってきて、再び原告は性行為をした。被告は、原告との性行為が終わると自分だけ風呂に入って、出てくると「帰るぞ。」と言った。

午前四時ころ二人はホテルを出て、被告は自分の車に原告を乗せて平塚駅で原告を降ろした。まだ電車も動いていない時間なので原告は駅前の公園内の電話ボックスの中で三時間ほどすわっていた。

8  その後原告は、電車で国府津駅まで行き、午前八時すぎころ一旦は帰宅したものの母親に前夜のことを説明することができず、興奮した母親から「出ていけ。」と言われ、どうすることもできず、言われるままに家を出ざるをえなかった。途方に暮れた原告は、被告から「最悪の場合は電話してこい。」と言われたことを思い出し、仕方なく被告に電話をかけたところ、被告から夕方に辻堂駅で会おうと言われた。原告は夕方まで友人のN宅で休ませてもらい、午後五時に被告と辻堂の駅で会って、Tの家に一緒に行った。被告はTに前夜は四人で車に一緒にいたことにしてくれと頼んだ。Tの家を出てからは、原告は両親の顔を見るのがつらくて、家に帰ることができなかったのでどこか泊まるところを探そうと思ったが、体がすごくだるかったので早くどこどもいいから休みたいとの気持ちもあり、その日は被告が探した秦野市内のホテル「もみ」に泊まることにし、被告は「疲れているし昨夜のようなことは絶対にしない。」と言ったので、原告は、安心してホテルに一人で入り、被告は外の車の中にいた。原告は部屋に入るとすぐに眠ってしまったが、夜中に自分の体に何かが乗ってる感じがして、目が覚めると、被告が原告の体の上に乗っていた。原告は嫌だったのでやめてくれと言ったけれども、体が疲れていて、どうにでもなれという絶望的な気持ちもあって被告に抵抗しきれず、再び被告が原告に性行為をした。

9  翌一八日朝、原告は被告の車に乗り、ホテル「もみ」を出たが、被告は「勝手にしろ。」と言って、伊勢原で被告を下ろしてしまった。原告はどうしていいのかわからず、同日夜は、国府津駅まで戻り、タクシーで旅館を探したが、小田原市内の旅館は満室で泊まれないため、そのタクシーの運転手宅に泊めてもらった。

二1  なお、以上の認定に反し、被告は、原告は被告に好意を持ち、筆箱、アドレス帳といったプレゼントをしており、原告と被告の間には性行為について合意があった旨主張し、これに副う被告本人尋問の結果がある。

しかしながら、原告が被告にそれらの品物をプレゼントしたことについては、原告は否認しており、仮にそのようなものがプレゼントされていたとしても、本件当時、性行為についての合意が認められるような交際が原告・被告間にあったことまでは推認できない。前記認定からはそれに反する事実が認められる。従って、本件事件の以前に原告と被告との間に性行為についての合意があったとの被告本人尋問の結果は採用できず、他に右事実を認めるに足りる証拠はない。

2  被告は、八月一六日の車の中で原告が帰りたくないと言いだした旨主張し、これに副う被告本人尋問の結果である。

しかしながら、前記認定のとおり、原告が二度も自宅に早く帰る旨の電話をしていること、原告に当時特に家に帰りたくなくなるような事情があった事実は認められないことからすると、右被告本人尋問の結果は措信しがたい。

3  被告は、本件ホテル「城」がどのような建物かは一目瞭然であったとして、原告がホテルに入ることに暗に同意していたと主張し、これに副う被告本人尋問の結果がある。しかしながら、前記認定のとおり当日はどしゃ降りの雨で、夜であり、しかも原告は、それまでラブホテルに入ったことはなかったことを考慮すると車が着いたところがいかなるところかについて原告が十分認識することができなかったとする原告本人尋問の結果は信用できるので、ホテルに入ることについての同意があったものと推認することはできず、この点に関する被告の本人尋問の結果は措信できない。

4  被告は右同日原告がホテルで浴衣に着替えたことから、原告が被告と性行為を行うことについて同意していたと主張し、これに副う被告本人尋問の結果がある。しかしながら、原告本人尋問の結果に照らし、これをたやすく信用することはできず、他に右事実を認めるに足りる証拠はない。

5  結局、原・被告間の性行為について、合意があったとの事実を認めることはできない。

三  〈書証番号略〉及び原告本人尋問の結果によれば、本件後、原告は、自暴自棄になり、自殺を考え、家出をしたり、いわゆる非行少女の格好をするなど、八月十七日以後の行動はその前日までの原告とはおよそ似ても似つかぬものとなっており、原告が被告の本件加害行為により受けた精神的苦痛はきわめて大きいものであると認められ、その他本件口頭弁論に顕われた一切の事情を斟酌すると、原告の右苦痛を慰藉するには、金二五〇万円が相当である。

四  弁護士費用

原告が本件代理人に本訴の追行を委任し、報酬の約束をしたことは、弁論の全趣旨より明らかであるところ、本件事案の難易、審理経過、本訴認容額等に鑑み、本件加害行為と相当因果関係を有するものとして被告に請求しうべき弁護士費用の額は金五〇万円とするのが相当である。

五  以上の事実によれば、本訴請求は、金三〇〇万円及び内金二五〇万円に対しては本件加害行為の発生した昭和六三年八月一六日から、内金五〇万円に対しては訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな平成四年一月三〇日から、それぞれ支払済まで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 辻次郎)

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